HOME > 現地リポート > 『上海』
2009.02.28

『上海』

中国経済法・企業法整備プロジェクト

業務調整員 髙野 修一

「灰色に曇った空と雨の街」。決して悪い意味ではないが、これが上海に対する私の素直な印象である。 以前、春節[1]前にも上海を訪れたが、やはり灰色の空と雨が私を迎えてくれたのを記憶している。私は、旅に出るときまって雨に降られてしまうのだが、上海に住む友人の話では、冬から春にかけては雨が多い時期らしいので、この雨は必ずしも私だけが原因という訳ではないようだ。そう考えると、私が上海に「雨の街」という印象を持ったのは、それほど的外れな事ではなさそうである。

灰色の空と霞むビル

上海市は、長江河口に位置する直轄市[2]のひとつであり、香港、深圳市とならび中国最大の商業・金融・工業都市のひとつである。人口重慶に次いで国内第二位の規模を誇り、2008年の推定人口は約1900万人(外国人居住者含む)で、これに農村部からの出稼ぎ労働者(所謂「民工」)約650万人以上を加えると、総人口は約2600万人ともいわれている。

上海の街を歩いていると、古くから残る西洋様式の建造物を多く目にすることができる。特に黄浦江沿いの「外灘(Wàitān)」は、南京条約で上海が開港されて以来、欧米諸国の租界地となったことから各国の商社・銀行の建築物が立ち並び、一時期な「当方のウォール街」と呼ばれるまでに繁栄を極めたと聞いている。1940年代以降に中国が開放された後も、上海海関、香港上海銀行といった西洋風情を感じさせる建物は壊されることなく残され、現在では、同地区の建築群全体が国の重要文化財に指定されている。既に訪れた経験のある方々も多いかと思うが、異国(中国)に居ながら異国(西洋)の雰囲気を味わうことができる不思議な景観である。

外灘:古くから残る西洋様式の建築物
外灘:重要文化財に指定されている

また黄浦江の対岸(東側)には、急速に開発が進む浦東新区の中心である高層ビル群が立ち並び、上海のシンボルでもある高さ468mの東方明珠塔(アジア第1位の高さを誇るテレビ塔)を臨むことができる。

外灘対岸にある浦東新区の高層ビル群

このように古くからの歴史と景観を残しつつ、現在も急速な発展を続けている上海は、まさに「大都会」といった言葉が相応しいように思えるのだが、どうも歓迎できないことが三つある。

「空気」と「水」、それから「交通ルール」である。

冒頭に、「灰色に曇った空と雨の街」という上海のイメージに触れたが、「灰色に曇った空」の原因は雨模様の天気ではなく、むしろ汚染された空気にある。晴れた日でも鈍よりとした灰色の大気が空を覆い、なかなか青空を見ることはできないうえに数百メートル先のビルが霞んでみえる有様だ。

自動車の排気ガスや石炭ストーブが主な原因かと思われるが、ここまでひどいとは思わなかった。中国に住む友人の話によると、重慶、西安などの地方都市では大気汚染がもっと深刻で、上海が特別に悪い訳ではないというのである。 

また上海の「水」はとにかく不味い。土臭いとうべきか、カビ臭いというべきか、河の水をそのまま使っているのではと思うほど、色もやや黄色がかっている。ホテルで珈琲や紅茶などを頼むと、やはりこの水道水を沸かして使用しているため、香りがそれほど強くないお茶や紅茶などはとても飲めたものではない。せっかく美味しい上海料理を食べ終えても、最後にこのお茶を飲むと全てが台無しである。街なかにあるお茶屋ではよく試飲などをさせてくれるが、漏れなくこの水道水を沸かしてお茶を入れてくれる。どのお茶を飲んでも渋いというかカビ臭く思えるが、それはお茶の味ではなく不味い水のせいなので、上海でお土産にお茶を選ぶ際には注意が必要である。

三つ目の交通ルールである。私は常々「自動車が車線を守って走っているかどうか」が、その国の発展度合いを計るひとつのバロメーターになっていると感じている。所謂開発途上国の多くでは、みな車線など守らずに(時には信号さえも無視して)、3車線の道路に4列や5列になった車が先を急ぐ光景をよく目にする。その点からいうと、上海はさすがに大都会で、運転は荒いが基本的には車線を守って走行している。もちろん信号も守っているのだが、納得がいかないのは「交通ルール」である。これは上海に限ったことではなく中国全体の問題ではあるが、赤信号の右折車は「進め」なのである。 まったく誰が考えたルールなのか理解に苦しむが、右折レーンの車は、赤信号を猛スピードで交差点に入ってくるのである。当然、反対側の信号は青なので、交差点では左から右へ車が走っているところに、右折車が合流する形となる。これでよく事故が起こらないものだと不思議でたまらない。また、中国における交通の優先順序は、他の途上国同様、「自動車>バイク>電動自転車>歩行者」なのが現実である。つまり、青信号の横断歩道を安心して渡っていると、右折レーンの車に何度も轢かれそうになるので、何のための「青信号」なのか全く意味が分からなくなる。 

上海の悪いところばかり書いているようなので、最後に意外に知られていない上海の隠れた名品をご紹介したい。中国では、「書」に最低限必要な“筆・墨・硯・紙”の四つを文房四宝(ぶんぼうしほう)または文房四友(ぶんぼうしゆう)と言い、古くから中国文人の間で愛されてきた。一般的に、それぞれの産地中心として、硯は広東賞の”端渓硯”、筆は浙江省の”湖筆”、墨は安徽省の”徽墨”と称されている。書や水墨画などを書かれる方はご存知だろうが、通常、書道家や画家は自分の作品に「雅号印(雅印)」(がごういん、がいん)を押印する。つまり前述の文房四宝に加え、「印章」と「印泥」(いんでい)があり、はじめて「書」としての作品が完成するのである。

中国には、古くから「西印社[3](Xi LengYinShe)」という篆刻(篆書を印章に彫刻すること)を専門とする学術団体があり、書と彫刻が融合したその巧みな技術と品質は、文人や政治家からも高い評価を受けており、魯迅や毛沢東も同社の印章を愛用していたという。

この印章を押印する際に使用する「印泥」(いわゆる朱肉、印肉)のメーカーとして有名なのが、「上海西印社」である。印泥は、水銀と硫黄などを精錬して作られるが、朱色から緑色、黄色など様々な色が存在する。同じ朱色でも鮮やかなものから深みのある暗赤色や枯れた茶褐色のものまで、朱の色調の違いによって様々な名がつけられている。書や絵画をされる方にはもちろん、そうでない方にも上海土産に「印泥」を贈ってみてはどうだろうか。スタンプの朱肉とはひと味違った深みと鮮やかさを味わうことができる。

印泥
印泥2

[1] 中国の旧正月の意。今年は2009年1月26日から。

[2] 省と同等の一級行政区画に区分される最高位の都市。現在、北京市、上海市、重慶市、天津市の4市がある。

[3] 浙江省にある杭州西湖の孤山を本社とする篆刻専門の学術団体。

NEXT >
< BEFORE