“豊か”な国「アルゼンチン」
アルゼンチン国中小企業経営・生産管理技術の普及体制構築計画調査
業務調整補助 稲葉智子
成田空港からダラス経由で26時間かけ、やっと到着したアルゼンチン。日本との時差は‐12時間となるが、その「地球の裏側」に到着するためには、地球が丸いことを実感せざるを得ない移動距離と時間が必要である。
首都であるブエノスアイレスの中心部は、巨大なビルが立ち並び、世界で最も幅の広い「7月9日通り」(横断のために横断歩道4本を渡る)を有する大都会である。道路を無数の車輌が行き交う光景からは、その名前の由来(スペイン語で「buenos(良い)aires(空気)」)を想像するのは難しいが、「南米のパリ」の名で親しまれ、南米で最も美しい街の一つとして数えられているとおり、世界三大劇場の一つである「コロン劇場」を始めとしたヨーロッパの石の文化を感じさせる、趣のある街並みに触れることができる。
「肉がないということは食事がないということだ」という諺があるとおり、アルゼンチン人の主食は「肉」である。日本では、「肉」というと霜降り和牛が高級とされ、脂のうまみを堪能してこそ「肉」だと感じる人が多いように思うし、かく言う私もその一人であったが、初めてアルゼンチンで食べた「肉」の味とその時の感動は忘れられない。たとえれば、日本の霜降り肉がマグロの大トロであれば、アルゼンチンの「肉」はマグロの赤身である。大トロは、毎日は食べられないが(金銭的問題もあろうが)、良質の赤身は毎日食べても飽きないように、日本では出会ったことのない「肉」本来の旨さに衝撃を受けた。とくに、アルゼンチンではアサード(焼肉)で肉を食べることが多く、その種類は牛、豚、鳥、ヤギ、羊と多岐にわたり、頭の先からつま先まで捨てるところがないと思われるほど、部位は豊富である。
そして、その「肉」の名脇役となるのがワインである。アルゼンチンは世界で5番目のワイン生産大国であり、一人あたり年間消費量は40リットルを越えるそうだ(日本人は2リットル程度)。生産ワインの80%以上は赤ワインといわれており、そのなかでも特徴的な品種であるマルベック種は、じつはフランスのボルドー近郊産であったが、ヨーロッパでの生産量が少ないため、今ではアルゼンチンのアンデス山脈付近で主に生産されるようになったという。チリ産ワインは日本でも広く流通しているが、アルゼンチン産ワインは国内消費が多く、日本ではなかなかお目にかかることができない。芳醇な香りと深みを感じさせる品質の高さに比して低価格であり、コストパフォーマンスの高いマルベック種ワインは、肉食の土地で「肉」を食すために育まれてきた酒である。
ブエノスアイレスで肉・ワインと共に欠かせないのがアルゼンチン・タンゴではないだろうか。スペインやイタリアからの移民により、ボカ地区(サッカーチーム:ボカ・ジュニアーズのホーム)の酒場で生まれたダンスともいわれている。力強く鋭いリズムに、どこか哀愁の漂う主旋律がのった音楽。そして、絶妙な力関係とバランスのなかで男女が繰り出す華麗なタンゴステップは、思わず男女問わず引き込まれる魅力と迫力に溢れている。特に、美しさと気品と力強さという点では、見るにしても踊るにしてもむしろ女性にお勧めである。
今回のアルゼンチン訪問では、ブエノスアイレスの他にネウケンという地方都市を訪れる機会があった。ブエノスアイレスより約1,400キロ南西に位置するネウケン州は、ワインの主生産地であるアンデス山脈の麓に位置し、パタゴニア地方の入り口である。見渡す限り続く大灌木地と青い空、遠く連なる山脈群に囲まれたネウケンには、大都市ブエノスアイレスと同じ国だとは到底思えない景色が広がっていた。そして、南北の長さ3,500キロ以上にもおよぶこの国の広さと、天然資源の豊かさを改めて実感した。
写真(ネウケンにて。彼方まで広がる青い空は遠くアンデス山脈へと続いている。)
アルゼンチンは食べ物も天然資源もとても豊富である。その証拠に、街角の孤児に食べ物を渡そうとしても、お金でなければ受け取らないという話を耳にしたことがある。ある現地の人は、「アルゼンチンの最大の欠点は、豊富な食べ物や資源を神様から与えられたのに、残念ながらそれがアルゼンチン人だったことである」とも言っていた。肉とワインとタンゴとサッカーをこよなく愛し、どこか楽観的にたくましく人生を送っているアルゼンチンの人々。「絶対にまた来よう」と思わせる一番の理由は、資源以上に彼らの心が豊かであるからかもしれない。